透明なこころでありたい

ありがとうございました

 長い事ブログ書けませんでした。
 親身な、心温まるコメントをお寄せ下さった皆様、本当に本当にありがとうございました。
 個別のレスもせずに申し訳ありません。

 母が亡くなってから、怒涛の日々でした。
 毎日が「わぁ!」で終わってまいました。
 ゴールデンウィーク中に四十九日を済ませたのですが、その後も毎日が「わぁ!」のまんまです。
 いつになったら亡くなった母も安心できるのでしょうか。
 なにやってんだ自分。

 まだ年金関係手続き終えてないし・・・母の友人に連絡できてないし・・・満中陰志の準備もできてないし・・・とほほ・・・。今月中にめどつけなきゃ!!
スポンサーサイト

間に合いました

 みなさま温かなコメントをどうもありがとうございました。
 今朝母は逝きました。
 わたしが病院に着くまで待っていてくれました。
 12時間、ゆっくり二人で過ごせました。
 延命治療はお断りしていたので、最後まで手を握っていられました。
 
 子供のころからずっと言えなかった言葉を最後に何度も繰り返しました。

 おかあさん、だいすき。

 

すっかり、春。

 父は春の彼岸に逝った。
 菩提寺のおじゅっさん(住職)に、春の光の道を行く、という戒名をつけて頂いた。
 兄は桜の咲き始めた季節に逝った。
 同じく、春の風に清く照らされている、という戒名をつけてもらった。

 だから、春は私と母にとっては少し悲しい季節だった。
 
 明日からは4月。
 新年度の始まり。
 息子と娘にとっては新しい環境での生活が待っている。

 私も気持ちを切り替えて、あらゆる準備を整えなくては。

 いつまでも娘ではいられないのだろうから。

 けれど、桜と共に旅立つのは待ってほしい。これ以上悲しい季節になってほしくないから。

親不孝

 この冬は家族でぐるぐる体調を崩していて、やっと落ち着いたと思ったら息子の卒園やらそれに伴うモロモロやら。
 あげく大震災。
 そんなこんなで、入院中の母の面会にやっと行けたのだが、前回より二ヶ月以上たってしまった。

 チビたちを連れてはいけないので、いったん相棒の実家で預かってもらうため、千葉行きの高速バスに乗る準備をしていたところ。
 母の入院先の病院から連絡があり、容体が思わしくないと告げられた。
 明日伺いますから、とだけ返事をした。

 翌日。
 母は前とは別の個室に移されていて、何やら機械とチューブでたくさんつながれていて。
 話しかければ目を開けるものの、もうやりとりはできなくなっていた。
 認知症が進んでいるだけではなく、意識がもうろうとしているようだ。
 尿が出なくなっているからしんどいだろう。

 院長に「尿が出ないので本来なら透析をしなければならないが、とてもそれを出来るような状態ではない」「夏までは持たないだろう」と告げられた。

 病室に戻ってから、せめてと思い、むくんでぱんぱんになっている足をネロリのマッサージオイルで揉んでみた。
 柑橘系の香りが大好きだった人なので、オイルをつけた手のひらを鼻に近づけると、「ふんふん」と一心ににおいを嗅いだ。やさしいオレンジの香りが好ましかったのだろうか。

 目を見開いて、周囲を見回す。
 その目はまるで赤ん坊が世界を確かめるのとそっくりだった。
 時々震える手をあげて首筋をさわるので、痒いのかと掻いてみると気持ちよさげだった。

 母の透明な視線は私を何度かとらえたが、不思議そうに見つめるだけでやがて他の方向に動いてしまう。
 ごめんなさい。
 わからなくなるまで、会いにも来ないでいて。ごめんなさい。

 ただ一人残された、私が育ってきた家族。
 父の死と兄の死と神戸の地震と。
 さまざまな私の人生の歴史を共に乗り越えてきた、たった一人の人。

 私は母の死に目に会えないかも知れない。
 親不孝でごめんなさい。
 

覚えていない風景

 母から聞いた話だ。

 私が5歳くらいの頃、近所のたばこ屋(パンやお菓子、切手や雑貨など、今で言うコンビニ的なお店)に母と兄と買い物に寄ったそうだ。
 2歳上の兄は寝たきりの脳性まひだったから、バギーに乗っていた。
 風が強い日で、母は店の中で用を済ませる間、私に向かって「お兄ちゃんのバギーが倒れないように見てなさい」と言いつけていたらしい。
 40年も昔のことだから、今のように車輪にブレーキなどついていなかったのだろう。
 母が出てきた時には、バギーは横倒しになっていて、兄を心配した母は逆上し、私を怒鳴りつけたという。

 そこへ店のおばあさんが飛び出してきて、
 「わたしは見てましたよ、お嬢ちゃんはしっかりバギーを持ってたけど、風が強かったから仕方ないの
よ、奥さんしからないであげて」
 そうかばってくれたのだそうだ。

 母は単に、懐かしいたばこ屋の優しくて親切だった店主のことを思い出して語ったのだろう。

 でも、わたしはそんな話を聞きたくなかった。
 自分が覚えてる話だけでたくさんだ・・・幼かった私が他人からみても庇わずにいられないほど、きつく当たられていたんだと、思い知らされただけだ・・・。 
 

母が入院したらしい

 今日グループホームから連絡があった。
 母は40代半ばから糖尿病で、インシュリン注射を始めてもう10年が経つ。
 認知症にも関わらず、ホームの職員の方の声かけでなんとか自己注射を続けていられるのだが、ここしばらく血糖値が常に高いとのことで、今日かかりつけの病院に連れて行ってもらったところ、そのまま管理入院ということになったらしい。
 特に心配はいらないとのことで安心だったが、入院保証金が5万円かかる、とのことらしい。
 母の医療費は、彼女が被爆者なので全額免除されるのだが、入院となると実費が別途請求されることもあるだろうし、とりあえず駆け付けられない状態なので現金書留で施設にお願いしようと思っている。

 しみじみ、自分が無職でお金を稼げないことを情けないと思ってしまった。
 勿論、相棒のおかげで生活には全然困らないわけだけども(ありがたい)。
 専業主婦といったって、家事も育児も全て至らないし。プロ主婦みたいに全てを完璧に回せてるわけではさらさらなく(っていうか、はっきりいってダメ奥、ダラ奥、一生の不作ってやつ・・・)。
 自分のとりえって、なんなんだろう・・・と落ち込んでしまいましたとさ。毎度おなじみ自己嫌悪でした。

認知症と発達障害と

 先日の連休に、グループホームで暮らす母の面会に行ってきた。
 9月10日に81歳の誕生日を迎えた母は、もう私が娘だとわからない。広島に暮らす、16歳年下の末の妹だと思っている。
 でも、それでいい。
 いつも妹たちを大切に可愛がってきた人だから。
 職員の方の前では、私はおどけて母に「あなたの娘ですよ~」と言ってみる。
 「ああ、そうねぇ、そうかしらねぇ~」。
 母の中では、目の前にいる私は懐かしい広島弁で過去の思い出話を語り合える、妹であり、友人であり、親しい存在を象徴している誰か、なのだろう。

 孤独死寸前で緊急の大手術を受けた為に認知症が急激に進行した母と、介護のために乳児だった息子と3人で実家で同居している時は、大変だった。
 母はとにかく荒れまくっていた。
 自分が周囲の状況を正しく認識できず、対応できなくなっていることを恐怖に感じ、それを認めたくないという気持ちと戦い、さらに自分のやり方に口出し手出ししてくる(だって、ほっといたらとんでもない量のインシュリンを自己注射しようとしたり、逆に注射せずにいたり・・・糖尿病患者として命に関わりますから!)娘が、自分の生活をかきまわす意地悪をしていると感じて、憎くて仕方なかったのだろう。
 私自身、高齢出産の初産で泣きわめくばかりの息子を扱いかね、息子の泣き声に機嫌を損ねる母との間で神経をすり減らしていて、母に相当きつく当たったし。

 今の母は、生活を自力で回さなければならないという責任感、ストレスから逃れて、穏やかに安定した気持ちで暮らしているようだ。排泄の失敗が続いて出るようになってきたようだが、食事、衣服の着脱などの日常生活は一応自立できている。
 直前にやっていたことや会話していた内容のことは覚えていないが、過去の記憶は語り合ううちに次々と口からこぼれおちてくる。
 母と昔話をしているのは楽しい。冗談も通じるし、昔のことならさっと思い出してくれる。
 まあ・・・認識が随分ずれてきて、母が「こうでありたかった」的な願望がないまぜになった作り話めいてきている部分もあるけれど。

 母と息子はそっくりだ。
 息子もつい今しがたの出来事をたずねても答えてくれない。
 その癖、まだ自分がロクに会話できなかった3歳頃の記憶を突然引き出してきて「あの時ママは怒ったけど、俺はこんな気持ちだったからできなかったんだ」と当時の自分の気持ちを語りだしたりする。
 グループホームの食器棚のガラスには、ご飯茶わん、湯のみ、汁椀などのイラストが貼られている。
 ここには、これが置いてありますよ、と一目でわかる仕組みだ。
 記憶力が不確かになってきている認知症患者でも、これならスムーズに食器を取り出せる。
 まさに、自閉症児向けの構造化が実践されているのでありますな。

 認知症患者への対応を記した書物には、必ず「相手が間違った認識をして、そのことを主張しても否定するな」とあります。
 自閉症児への対応と同じではありませんか。
 どっちも「自尊心を傷つけてはいけない」のである。

 だもんで、私は息子への対応に、母の為に読み漁った認知症関連本で得たハウツーを部分的に実行していたりします。
 ともかく「笑わせる」。
 笑うことは免疫にもいいし、ストレス発散にもいいし、脳にもいいらしい。
 「もうなんでもええから笑っとけー!」
 これだけはやり通してます。
 
 母のところに滞在できたのは2時間ほどだけだったけど、結構笑わせてきました。少し、ほんの少しだけでも楽しかったという感情が残ってくれれば・・・いいなぁ・・・。
 
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
プロフィール

なかさん☆

Author:なかさん☆
鬱病回復途中。更年期障害。
長男自閉症。長女甘えんぼ。
家族総デブ。色々とやばい。


ランキングに参加しています。
育児ブログ・ランキング

にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他生活ブログ 汚部屋・汚部屋脱出へ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
グリムス
読書メーター
なかさんの最近読んだ本
FC2カウンター
月別アーカイブ
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード