透明なこころでありたい

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寝不足が応える歳でございますゆぇ。

 ここんとこ、日記の更新もせずに何してたかとゆーと、本読んでました(笑)。
 いやほんと。
 図書館通いを始めましたが、予約本が面白いように借りられる(田舎のありがたみですのう)ので、嬉しくて一所懸命読んでしまってました。
 
 それと、息子共々風邪気味で、息子の咳や寝言などで夜中に何度も起こされることしばし。
 慢性睡眠不足がしみじみ応えておりますのら。
 いやー、ほんと、年齢を重ねるということは生活態度に余裕が出てくる筈なのでありまするが、実際にはあれこれガタが来てひぃひぃ言いながら坂道登らされてるような毎日であります。

 娘は部屋の畳やふすまや布団カバーに新品のマスカラを塗りたくって、ダメにしちゃうし。(ぬるま湯で落とせるタイプで助かりました)
 それに娘が出かける寸前ゆかりのふりかけを部屋中に撒き散らしてくれるし。
 さらに娘にいたっては、料理のたびに「ハナちゃんもお手伝いするの!」と椅子をもってきて流し台の前に陣取って邪魔するし。
 おまけに娘は買い物に連れて行けば自分の行きたいところにばっかり勝手にどんどん行っちゃって、姿が見えなくなって焦らせるし。

 うあ、全部トラブルメーカーは娘か!(魔の2歳児であります)

 この寒いのに、毎日気づけばオムツまで脱ぎ捨てて裸で走り回ってる娘・・・頼む、その体力を母ちゃんに少しわけてくれ。ああ。43歳の秋なのに。高齢出産は、産むまでは良くても、産んでからがしんどいね、やっぱり。
 
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りこんバスって何じゃいな?

 今日、息子が3歳児向けの図鑑を持ってきて、バスの写真を指差しながら「ねーねーこの、りこんバスどこ行くの?」と聞いてきた!
 り・・・離婚バス!?
 何アンタ、お母ちゃんの深層心理を言い当ててるの!?
 (うそうそ、冗談だからね~ん:爆)

 何なのだ離婚バスって?と思ったら、「臨港バス」のことでした。
 前に読んでやった時に、「どこのバス?このバスなんていうバス?」と聞かれて車体の文字を読んでやったのですが、その時に「りんこう」を「りこん」と聞いて覚えてしまったみたい。
 「りんこう」は発音しにくかったのでしょうか。 

 最近とにかく「これは何?何て書いてあるの??」とうるさいのです。
 前はマークオンリーだったのが、最近は文字に興味が出てきたのと、物の名前や意味まで網羅しなくては気がすまなくなっていて、どこへ行っても「あれは何?どういう意味?なんて名前?」と質問攻めでお母ちゃん気が抜けません。疲れる。うるさい。
 でも、これも成長の証だもんねぇ~。嬉しいよう。

 思えばお隣さんだった息子より数ヶ月月齢が上の女の子と、同じ頃におまるを買って、トイレトレーニングしなきゃぁねぇ~とおしゃべりしていたのが、2歳になる前だったか。
 ようやっとうんちがトイレで出来るようになったのが先月初めのことでしたが、それでも自宅ではおしっこの失敗を繰り返していたのが、ようやく今週から家でもずっと布パンツです。
 別に私は何も言ってないし、誘導もしていないのに、水曜日から突然一人で勝手に「僕うんちしてくる!」と言い出してトイレへ行き。「僕ちーしてくる!」とトイレへ行き。
 全然失敗しなくなりました。不思議な~。
 4歳5ヶ月にしてようやく、トイレトレ完了です。あ、しまった、まだ自分でちゃんとお尻ふけないんだったわ(苦笑)。

 私は療育に興味はあるし、実際息子を療育教室とは別にSTとOTに月2回ずつ通わせています。
 けれど、自宅でもお勉強とか感覚統合的なことはさせていません。
 というのも、息子が興味なくて、横から娘が割り込んできて、しっちゃかめっちゃかになって、結局私がイライラしちゃうだけだから(苦笑)。
 そして、私自身、母親にかなり厳しく躾けられてきたけれど、結局それらは現在の生活で身についていないことが多くて。
 
 まだ就学前だからこその甘えかも知れませんが、息子の奇声やこだわり行動など、他人の前でひどく迷惑になる時以外はある程度やらせてます。
 なんというか・・・モノを噛んだり、やたらと水遊びしたり、ある程度やったら気が済むみたいなので。
 逆に、気がすまないうちに止めてしまうと、かえってそれがこだわりになるような感じです。

 この先の将来を考えると、まだ子供のうちにきちんと躾けておかないと、という気持ちも確かにあるのですが。
 健常児との親子関係にも言えることでしょうが、親側の期待と子供のとる行動とは不一致になることが多く・・・その事実が親ばかりか子供まで傷つけることになってしまった場合、「それでも私は大丈夫」と子供が思えるかどうか、の問題なのだな、と思いました。
 「親が子供を守るべきということを取り違えてる」ことだけは避けたいというか。
 子供の自尊心、自分の能力を信じることができる心をこそ、親が守ってやるべきもの。
 外圧から我が子を守ろうとするばかりに、反対に子供の自己肯定感を無視しては本末転倒のような気がします。

 というわけで、やたらとのんびりまったりな、我が家の成長記録なのでありました(笑)。
 
  

では気分もスッキリしたところで、汚部屋に取り組みますか!!

 さ、自分の気持ちのイライラに整理がつけられて、自分なりにまとめられたことですし。
 図書館で借りてきた本も読み終えたことですし。
 本日雨天でお外にも行けないことですし。

 ここらで汚部屋改造計画の方を本腰いれて進めますかいのう~。
 見ただけで気分がたいぎぃんじゃがのう~。
 やる気が出んで往生しょうるんよ。
 そいでもが、このままにしようたら、ええ加減に病気になりそうなけぇのう~。

 わたくしから父祖の地の言葉たる広島弁(パチモン臭いけど:笑)が出た時には、鬼モード入っとりますけえ、結果報告を楽しみにしょうりんさいよ~けーけけけけ。

 ささ、まずはゴミ袋ゴミ袋っと。

気持ちの整理がつきました(ひとりごとの続き)

 さて、前回に続き、mixi絡みのひとりごとの続きであります。
 もやもやとした嫌な思いがあったのは、ここまで強く反発してしまうのが何ゆえなのか、自分で整理がつかなかったからなのですが。
 どうにも自分で納得できるところまで考えないと落ち着かない性分なので(自分に自信がないから、理論武装したいんでしょうかね?)気持ち悪くてしょうがなかったのです。
 しかし昨日、ある方のブログの文章を読んで、やっとスッキリできました♪♪

 その方は、息子さんがアスペなのですが、3歳で診断された時から、それこそ著名な療育者に飛行機に乗って会いに行って直談判し、という勢いで、あらゆる療育の最先端を息子さんに施して来られました。
 息子さんの負担にならないよう細心の注意を払ってこられたようで、療育の効果も相当あったそうです。
 全て息子さんが「笑顔で人生を楽しめるように」なってほしい、という一念からで、将来のことをあれこれ心配していない、息子が生きていけるようにそれなりの財産(金融面、人間関係面の双方で)を親が遺してやればよいのだから、と言い切っておられた、論旨明快な方です。
 それほど療育を極めていた方が、「結局療育の殆どは、『定型』の理論に合わせた『型はめ』である。早期療育の効果によって、将来息子に感謝されることがあるかも知れない。けれど、『集団の中で困らないように』『いじめられないように』というのは親の願望でしかない」
と綴っておられました。
 「息子も私も人間としてイーブンである、だからこそ定型の立場で『型はめ』をした私に対して、将来息子が息子側の立場で反駁してほしいと願っている」
 という文章で、私は「なるほど!」と思ったのです。
 私が反発した、トピ主さんは、娘さんと自分を「イーブン」だとは全く思っていないからだ、と。

 トピ主さんの強いつよーい療育への意志の中に、もう8歳にもなっている娘さん自身の思いは全く見えません。
 知的にはボーダーなので療育手帳をもらえない、とありました。
 それだけの知的能力があるならば、ちゃんと周囲に意志を伝えられるはず。
 うちの療育手帳持ちの4歳児だってはっきり自己主張してきます。
 幼いころから自分で療育を施してきた、との事でしたが、子供ってやりたいこと、自分で「できる」と自信を持ったことには目覚しい成長を見せます。
 はかばかしく行かないというのは、大人しくて殆ど自己主張しないという娘さんの、心理的な抵抗がどこかにあるのでは?とまで勘ぐりたくなってしまうのです・・・。 

 「娘自身が困らないように、何とか定型に近づけたい」
 「娘だから、障害があっても愛している」

・結局障害がある人間を蔑んでいる。(娘ではなかったら?)
・我が子のことを自分より下の、庇護すべきだけのか弱いものと見ている。

 2段階に、娘さんを貶めているように私には思えます。
 さらに、将来犯罪に巻き込まれるだのホームレスだの・・・犯罪の被害にあうのは健常者だって同じですよ・・・。
 
 私は相当なダメ親ではありますけれど、いくら子供でも、障害があろうとも、息子は息子という一個の人格であり、親といえども侵してはいけない領分が存在するということだけはわきまえているつもりです。

 しかしながら、この件に関しては、このトピ主さんに腹を立てたおかげで、mixi内で尊敬できる方々と意見を交換することができ、私に取っては有益な出来事ではありました♪
 
 以上、結局他人の悪口ばかりになっちゃった、ひとりごと、おーしーまい!

珍しく怒りが持続しているのである(ひとりごと)

  すいません、ひとりごとでございまする。
  しかもmixi日記と被ってるので、読み飛ばして下さいませ。
 9月26日28日の日記と関連しております。
 
 普段はロム専門にしているmixi。
 その自閉症関連コミュで、以前黙ってられなくてつい発言してしまった時の、トピ主さまが別のトピで発言されていて。
 その発言内容が、結局前に私がひっかかった部分と全くおんなじで。

 どうにもこうにも怒りがふつふつと湧いてきて、困る。

 実際に会う人でもなく、ただ自分の意見を述べておられるだけなので、私の怒りはその人にとって理不尽なものでしか無かろうけれど。

 腹がたって仕方ないので、まことに、困る。

 ネットで見かけた、ただの意見にしか過ぎず。
 侮蔑やあざけりなどを含んだ悪意ある言葉では毛頭無く。
 私にはまったく無関係な文章に過ぎないのに。

 どうしても収まらないのは何故なんだろう。
 「親である自分は、障害があろうとどうだろうと子どもを丸ごと愛しているけれど、子ども自身にとっては障害は苦痛でしかないだろう、子どもに申し訳ない」
 という、まことにごもっとも、であろう、その意見が。

 「子供社会の中でうまく収まりきれずに苦悩する我が子をみて、『かわいそうに』と切なくなる」という発言には何も思わないのに。
 「子供の気持ちなんて二の次、とにかく社会のルールを守れるようになってほしい」という発言にも、大変そうだなあと思えるのに。
 
 私はどうあがいても私であって、たとえ私が変化することがあったとしても、私以外の者になれるわけではない。
 私の認知する世界は、私の属性を通してみた世界であって、たとえ親といえどもその認知は異なったものであろう。
 私の見る世界を、最も身近な存在である人に憐れまれたくない、と私が思うからであろうか。それならば、いっそ理解されない方がマシ、と私が考えるからであろうか

 ああ、こんなことにこだわってむかむかしてしまう自分の事もうざいんだけど(歎息)。

人と、出会うために(多謝)

 長年暮らした土地(関西)、親戚たちのいる土地(広島)から遠く離れた田舎にやってきて、手のかかる幼い子供二人を育ててますと。
 出かけていく先も限られるし。
 現実問題人と会わない。
 
 せいぜいアパートの住人と挨拶したり、子供の療育関係の先生や親仲間、それに孫を溺愛する義父母くらい。
 となると、話の内容も限られるし。

 というわけで、私がネットに依存してるのは誰か人と出会うためなのでしょう。
 自分自身で消化しきれない思いを見事に解析している人の文章を読むと嬉しくなるし、自分が綴った思いに誰かが意見を寄せて下さればそれも嬉しい。
 私が考えることが好きで、そしてやめられない人間である限り、こうしてネットで言葉を綴ることを続けていくのだろうなぁ。
 そしてそれを独り言のままにしないでいてくれる、ここを読んでくださる方々に感謝。
 あなた方に出会うために、今日もパソを立ち上げてしまうわたくしでござりまする。
 
 アクセスも1000を超えました。別にアクセス稼ぎに興味はありませんが、わたくしに、わずかでも興味を持ってくださってどうもありがとう。 

思うことだけれど

 最近思うことだけれど。
 私の母と私はかなりの確執があった。私はあれこれ理屈づけを考えていた。

 母が私を抱っこしてくれないのは、笑顔をあまり見せてくれないのは。
 重度の身障者であった兄の存在とか、同居していた父方の祖母の横暴とか、父との不仲とか、父が転職を繰り返したことによる経済的な不安とか、高齢出産であり母の更年期と私の思春期が重なったこととか。

 結局それは全部表層的な問題で、ただ単に母と私は相性が合わなかったのだと、今は思う。
 グループホームへ面会に行って何度話しを訂正しても、私のことを末の妹である叔母と間違える母だが、そのことを哀しく思うことはない。しょうがないな、と苦笑いしてしまう。
 もっと母のことを愛していれば結構ショックな事のはずなのだけど。
 
 親は自分を生んでくれたという存在で、それ以上でもそれ以下でもない。
 成長すれば、自分で選んだ場所に行って、親が与えてくれた体で動き、考え、生きていく。
 その後のことに関しては、あくまでも自分の力と考えであって、親の影響を受ける必要は無い。

 それは、愛情深く育てられて自分も親を愛しているのならば親の老後に寄り添ってやるのもいいだろうけれど、そうしないからといって責められる必要は無いと思う。
 自分の人生は自分のためのものだから。

 私の子供たちにも同じ風に感じて欲しい。
 母親が育て方を間違えていたとしても、そのせいで自分がこうなのだとか思わずに。
 自分が選び取った道を歩いていってほしい。
 子供の頃の環境は選べないとしても、自分と親は別物だとしっかり理解していてほしい。
 
 

今度こそのお片づけ大作戦だ!

 さて、帰宅してからのちもなかなかブログに投稿できずにおりました。
 最近チビ共のまとわりつき方が尋常ではなくて(笑)。
 ちょっとでもPC部屋に入ろうものなら、あれこれおもちゃや絵本を持ってきて「かまってくれ~」と兄妹そろってうるさいったら。
 さらに、図書館通いを始めまして。
 読みたい本がカンタンに予約できちゃうの。田舎だからかな。うひゃー、うれしー。
 そんなこんなでなかなかに忙しい毎日なのであります。

 とかなんとかいうてたら、ますます部屋の中が悲惨なことに。
 とにもかくにも、今年度中にカタを付けるで!
 そう、3月31日までに、いつでも引越し支度が可能な、掃除がしやすくて、モノが少なくて必要な時に必要なモノがささっと取り出せる部屋に仕上げてみせます!
 
 ええ?どうやってって・・・??

 んなもん、気合じゃ、気合ーーー!! 

 ・・・またいつものホラが始まったよぉ・・・という囁き声がどこからか聞こえるのは、私の被害妄想ですか?そうですよね、うんうん(爆)。別にお隣の離婚に刺激されて・・・ってことも無いですよーん、今のところはね(おぃおぃ:笑)

また留守です

再び今日から留守します。コメントのお返事帰ってからになります。ごめんなさいませ~。

裁判員制度は辞退いたします(補足)

 前回の日記の補足です。
 
 恥ずかしながら、日々テレビのチャンネル権は2匹のチビ共に奪われているため、昼間は報道番組を見ることもなく、夜は夜でドタバタしているのでやっぱり落ち着いて番組を見られません。
 ゆえに、裁判員制度がいよいよ来年から本当に導入されると知ったのが、たった半年ばかり前の話(恥)。
 それから「えええー、本当に陪審員制度やっちゃうの、どんな感じで??」と思ってちょこっと調べてみたら。
 それまで何となく「地域で色々と活動してる識者や、志願者がなるのだろう(人権擁護委員とか、調停委員とか)」とぼんやり考えていたらば、無作為に選ばれてしかもちょっとやそっとでは辞退できず、拒否した場合は罰金10万円て!!
 無茶な!そんな無茶な!!
 チビ二人かかえて歯医者にも行かれへんちゅーのに!?

 しかも事前研修とか無しらしいですよ。
 当日丁寧にわかりやすく説明してくれるんだそうです。へー。
 でもねぇ、法曹界にいらっしゃる方はみなさんおつむりがよろしゅうございましょ?
 この方々が「これだけわかりやすく言えばわかるだろう」と思うレベル、ワタクシごとき脳みその劣化したオバハンが理解できるレベルと同一とはとても思えませんやん。
 さらにさらに、生まれて初めて(おそらく殆どの人が)行く裁判所。
 そんなところに行くってだけで、緊張しきってしまって、何がなにやら脳みそ真っ白。
 厳しい顔つきの職員や裁判官に囲まれて、 「ご意見を述べてください」などと言われて「はい、では私が思いますに~」とテキパキ答えられるツワモノが何人おわれるのか?
 内気でなかなか思ったことを人前でハッキリ言えない、ワタクシのような気弱な人間(そこ、笑うな!)はどうすれば??

 法律的に素人の人間相手にするわけだから、証拠資料なんかもわかりやすいように整理して数を減らすとか・・・裁判員制度導入は冤罪防止のため、とかいいつつ・・・思いっきり評議を誘導できるやん?それ。

 そう思ってぶうぶう、自分の都合ばかりの不満だらけだったわけでございますが。

 ここへ来て、もう一つ、辞退する理由がございます。 
 裁判員制度で裁判するのは刑事事件。
 殺人や強盗致死障、放火や誘拐なんかです。
 人が人を裁くことは難しい、無責任なことはできないと思っていたワタクシでも、「この判決はあったりまえでしょ!」と自信を持って思えてた、かの光市母子殺人事件。
 遺族の本村さんの態度を尊敬していた私には、弁護団によって語られた「ドラえもん~うんぬん」という荒唐無稽で幼稚な犯行理由は被害者を貶め、遺族の神経を逆なでする暴言としか思えませんでした。

 そして、加害者の元少年の生い立ちが不遇であった、としかマスコミは語らず「そんなもん、誰だって多少のトラウマは抱えてるんだから」と、何でもかんでもトラウマのせいにして、と憤慨していました。

 そんな私の浅はかな見解を覆す情報が、ネットにありました・・・。


楽なログ http://ruhiginoue.exblog.jp/7950145  より 

 光市事件なんてその最たるものだ。親や地域社会や社会制度の問題を充分に追及したうえでの話ではない。
 報道は煽りばかりが目立つため知らない人も多いが、犯人の父親は、妻子への暴力が日常茶飯事だった。団地住まいであるため泣き叫ぶ声などから近所中に知られていた。幼い息子の目の前でその母親を執拗に殴り、怯える息子も見かねて止めに入ると今度は息子をぶちのめしたうえ風呂場へ引きずって行き水の入った浴槽に頭を突っ込み押さえつけるなど壮絶を極めた。母親の前に立ちはだかってかばったために、ぶん殴られて失神したこともあった。
 耐えかねた母親は自殺し、首を吊って脱力し糞尿を垂れ流してぶら下がる母親の無惨な姿を見ながら11歳の息子は泣きじゃくっていた。そのあたりから普段の言動に異常さが表れてきて、近所で「あの子はおかしい」「かわいそうだ」「父親があれでは」というような噂がささやかれていたところ最悪の事態となり、こうなる前になんとかしてやれなかったかと悔やまれていることが地元紙で報じられたことがある。
 こんな状態だから、少年はいつもおどおどしていて、学校ではいじめに遭い、あいかわらず父親の暴力は続き、高校生のときには鼓膜を破られた。最後の暴力は、あの忌まわしい事件を起こしてしまう前々日であった。つまり、逮捕されてやっと父親の虐待から解放されたのだ。
 こんな事情があるのになんで最初から裁判で問題としなかったか。そう疑問に思う人たちから、最初ついた弁護士は責められた。けれども、被告が未成年者であるため親の意向に従わないといけなかった。だから言いたくても言えなかった。言えば被害者に知られて親の責任ということで損害賠償請求される。それを父親は恐れたというのだからひどい話である。
 


akira's room  http://blogs.dion.ne.jp/akiras_room/archives/7204587.html#more より 

精神・心理鑑定で言及され、弁護団が情状で大きく取り上げた「母子一体感」「母体回帰ストーリー」を生み出したとされる、「実母との性愛的共生」は、厳密にいうと母親から被告人に行われた「性的虐待」に他なりません。

少年(この節、被告人を少年と表記します)は小学生になる前から、父親の暴力から母親をかばったために、殴られ蹴られ、その拍子に家具の角で頭をぶつけて気を失ったこともあるそうです。(小学校入学以降は日常的に父親から酷い暴力を受けていました)
母親をかばい、父親から暴力をふるわれている間中「亀のように体を丸めるしかなかった」そんな夜だけ、少年の布団の中に母親が入ってきたそうです。かばえなかった日には、母親は何時間も親戚などに電話を掛け、布団に入ってくることはなかったと言います。
小学校高学年になると、母親は少年に対して「結婚して、お前に似た赤ちゃんが欲しい」と言うようになります。そのとき少年は「きちんとセックスができるだろうか」と不安になったということです。
近親姦には及ばなくても、10歳かそこら子どもにの母親から性的な刺激を与えること自体、十分な「性的虐待」の範疇に入る出来事です。

中学1年の時に母親が自殺する直前には「お母さんを連れ出してセックスするんだ」とまで思いつめています。

検察側主張では、その後の少年は中3の頃からアダルトビデオやポルノグラフィーを見て性的興奮の募らせ犯行に至ったとしていますが、母親の衣類が入っている押入れに家出(!)したり籠もったりして、母親との一体感に浸っていました。また、母親との性的関係を思い描きながらマスターベーションをしていたとのことです。(これは特筆すべき事だと思います)
(参考:『なぜ僕は「悪魔」と呼ばれた少年を助けようとしたのか』今枝仁)

母親からの性的虐待が、少年にどれほどの影響を及ぼしたのか、この「母親との性的な想像をしながらマスターベーションしていた」を読むまでは、私にも確信はありませんでした。(想像はしていましたけれど)
最近やっと「性虐待が及ぼす影響」に関する研究でも明らかになってきましたが、子どもに対する不適切な性的接触や早すぎる性的な刺激は、被害児童に特有の認知のゆがみ、特異な性的なファンタジーや倒錯的な性嗜好を生み出したりします。(特に男児はその傾向が強い)
   

 
 こんな重たい十字架を背負わされた少年が、自らもっと重い罪を犯す。
 その是非は明白ではあるけれど。
 私には、この犯罪を裁けない。私には、無理です。 

裁判員制度は辞退いたします

 いよいよ導入が迫ってきた裁判員制度。
 少年事件のノンフィクションとか読んできて、私の本音は「そんな恐ろしい事件の詳細など知りたくない」です。
 犯罪事件について、書籍化されたものを読むのと、実際に証拠写真や証言者の話を生で見たり聞いたりするのとでは、心理的な負担は大きく違う。

 私たちは、マスメディアで報道された事件の概要を知って、「そんな非道な犯人なんて死刑にすればいいんだ!」「被害者と同じ目にあわせてやれ!」と一時の感情で無責任な感想を述べ合ったりしますが。
 それこそ、裁判ともなれば加害者側、被害者側の生い立ちや環境や犯行の詳細な部分まで知らされることになります。
 新聞や週刊誌が報道する事実なんて、ほんの一部で。
 真実残虐な部分は伏せられているのですから。

 そして、自分達の判断が判決に直結するという責任の重さ。
 
 今現に、二人の子供を育てながら、ストレスからか不安定になりがちな心を励まして、生活している状況で、他人様の悲劇を審判する余裕なんざ、私には無いのです。
 万一非道な殺人事件など担当させられて、トラウマでパニック障害やら育児放棄やらになったらどうしてくれるんでしょうか。

 国民の義務という扱いなので、辞退するのも難しいのかなとか裁判員制度のサイトを見てると思いますが。
 それにしても、ただでさえ人が人を裁くことは難しいのに、法律的にも素人の人間を集めて、審判を下させるというのは無茶だとしか思えません。
 野球だのサッカーだの、スポーツの審判だってちゃんと勉強して研鑽を積んだ人がなるというのに。
    
 無差別に選び出されて「あー、仕事忙しいのに呼び出されて運が悪い、さっさと済ませてくれ」とか思ってる人間に、被害者加害者の人生が関わってくるような裁判を担当させるなんて、本当に恐ろしい。 
 自分達の生活に関わってくる選挙にさえ行かない人間がたくさんいるのに、裁判員に選ばれたら辞退できないなんておかしいと思うのだけど。
 
 辞退理由には、絶対に「棄権します」という項目を加えて欲しい。というか、私は辞退します。
 
 

腰回しの思わぬ効果2

 さて、このところ続けている腰回し。
 これがカンタンだし、気持ちいいし、ラク。
 生理前の不調や痛みや腰痛やだるさが少しマシになるし~と思っていたら、もうひとつ思わぬ効果が。

 ここのところ、消化器系も不調で、お通じはあるものの、出した後にあまりスッキリ感が無かったのですが。
 本日、久しぶりに・・・っどぉーんと(爆)。
 あ~スッキリした。
 腸にもいい刺激になったのかなぁ。

腰回し体操の思わぬ効果?

 今日はチビたちを寝かしつけた後、一緒に寝込んでしまわずにいられたので、自分の時間を持つことができました。
 色々ノート書いたり、DVDに撮り溜めた番組を見たり。
 で、この時間(爆)。

 ここ数日また不安な状態が現れて(ただ単に体の疲れから来るものだと思うが)、二日間連続してソラナックスを服用しました。
 ふえー、いざという時のお守り薬のはずがなんか常用薬になってる?
 で、とてもじゃないけど夜起きてられなかったんです。
 そのわりに、チビたちが交互に夜中に寝言を叫んだり、夜泣きして起こしてくれるので、慢性睡眠不足気味。

 その貴重な睡眠時間を削って観た番組の一つが、ずいぶん前に録画したNHKのおしゃれ工房。
 SHINO先生の腰回しダイエットってやつ。
 別に大きな音を立てるわけでもないし、と観ながらやってみました。
 そしたらば。
 昨日から生理前っぽい強い痛みが下腹部にあり、予定より早いけど来ちゃいそうだな、と思っていたら夜からかなりの激痛になり。
 我慢できず痛み止めをのみました。

 それが、この腰回し体操をやってみると、なにやら下半身のだるさや腰痛、うっとうしさが無くなったのでございますよ?あらら!
 骨盤のゆがみをとる、と言っていたのでそれが良かったのかしらん?

 ダイエット効果があるかどうか、ウェストがくびれるかどうかはさておき、今日から数日間腰をぐるぐる回してみることにいたしますわ!
 
 

新たなる作戦で挑戦するのだ

 さてもさても、またもまたも。
 振り出しに戻った感のあるお方づけ。
 グリムスに来たパンダも呆れて、寝そべりながら笹食ってますな。はは。かわいいから許す。

グリムスパンダ



 今まで試した色んな方法。
 キッチンタイマーとゴミ袋をもってその時間は集中して作業する。
 とりあえず作業スペースを作り出すために、一点集中する。
 透明ジッパー付きポリ袋にごちゃついたモノを入れて整理する。

 色々やってみてそれなりに良かったんですが、やっぱり自分や家族の体調が悪くなったり、留守したり、出かけることが続いたりするとすぐに荒れるし。
 荒れるとストレスたまって体調悪くなってまた部屋が荒れる。
 悪循環をどうしたものか。

 で、片付けノートを作ってみることを思い立ちました。
 参加してるSNSで、ノートやスケジュール手帳が好きで買い込むものの、最後まで使いきれたためしがない、みなさんどうしてます?と質問してみたところ、色んな実践方法を教えてもらいました。
 それと同時に、ノート術などで検索してみたところ、これまた色んなアイディアがあるなぁと。
 
 などなど、あれこれ考えていたらば。
 本日、アパートのお隣さんが駐車場に軽トラックを入れて、あれこれ荷物を積み出しておられました。
 あれー、引越しかなぁ、それにしても軽トラックだけでいけるんかな?と思ってたら。

 もともと引っ越してきた時はご主人が一人だけ先に来て、しばらくしてから奥さんと男の子が来たんですが、なぜか時々しか暮らしていない。
 そのうち、完全に単身赴任状態で、はじめの数ヶ月は時々来て洗濯などしていた奥さんの姿を全く見なくなり、どうしてるんだろーなー、と思っていましたら、ひっさしぶりに奥さんと奥さんの妹と母親の姿を見て。

 それが何故だかねー、女ばっかりで荷物の積み出しをやってるんです。
 積んでる荷物も子供のおもちゃらしきものや、鏡台みたいな机と椅子、後は段ボールの箱、と、家具らしき物は殆どなくて。ご主人の姿はまるで見えず。アパートの外階段だから、結構力いるだろうに、どうして男手が無いのかな、とぼんやり見ていたら、荷物を積み終えた最後に、子供とご主人が!いたんですか!なのになぜ手伝わないの!?き、気になる・・・。
 軽トラックと、奥さんと子供が乗用車で去っていったあと、ご主人は一人自宅へ戻りました。

 り・・・りこん・・・???(汗)

 いや、ただの引越しだよね・・・奥さんたちの荷物を先に運んだだけだよね、きっと・・・全然お付き合いはなかったけれど、うがちすぎであることを祈ります。

 脱線しましたが、結局何が言いたかったかというと、その荷造りがもんのすごく手早くてキレイだったんです!!いや、もしかしたら以前から来て荷造りしてたのかしら?いや、日曜日からこっち、体調不良でずっと私は家にいたんですけど、全然お隣に奥さん来た様子なかったし。
 ってことは、今日来て今日やったんだよね、要るものと要らないものの仕分けとか、段ボール詰めとか・・・すごい。私なら私には・・・絶対に不可能!
 軽トラックにきっちり、すっきり積み込まれた荷物の数々・・・。
 うちだって引っ越したい、子供達を楽しく気兼ねなく遊ばせてやれる環境の住まいに引っ越したい。
 や、やらねば!今すぐやらねば!!とにかく片付けねば!!

 で、ノート作戦に戻る。
 とにかく「こうしたい、ああしたい」というアイディアをまず書き出し、そしてTODOリストを作ろう。
 後は一日一日「これだけやったぞ」と書き込んでいけば、二度手間とか無駄な手間とか省けるはずだし、家族のスケジュールを書き込んでいけば「この日は無理そうだから、前の日にこれだけはやっておこう」などと計画も立てやすくなるはずだ。
 というわけで、使いかけのノート取り出してきました。
 果たして、今度こそお片づけ大作戦に進捗が見られるだろうか!?がんばれじぶん。
 
  

9月に読んだ本

 つい先日の日記に「読書欲満開だぁ!これからバンバン読むぞ」などと宣言してたような気が(汗)。
 振り返ってみたら、これだけしか読んでませんでした。あははは~。
 月の後半は相棒実家に帰省したり、体調崩したりしたからねぇ・・・(言い訳)。
 しかしあれですな。
 お腹痛いと力が出ないけど、集中力も出ませんね。腹。大事だ(何を今更)。
 それにしても、読書メーター、便利ですわぁ(はぁと)。

 以下で個人的超お薦めは『生物と無生物のあいだ』殆ど宗教的な世界を感じました・・・。
 『ああ息子』は出来の悪い息子を持つ母必読。
 『黄色い目の魚』も良かった~。この作者が描く、世間に溶け込めないけどむやみに自己卑下はしない、ってキャラが大好きなのです。
 『夏化粧』はとにかく泣きました。母子モノ。ある意味私の今後の子育ての座右の銘。
 『魔王』さすがさすがの伊坂さん!自分のアタマで考え抜け!このメッセージは響くぞ。

 というわけで、冊数は少ないながら実り多き読書ができた9月でありました。
 
9月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:1114ページ

魔王 (講談社文庫 い 111-2)魔王 (講談社文庫 い 111-2)
ついに政治を描き出したか!
読了日:09月24日 著者:伊坂 幸太郎
夏化粧 (文春文庫)夏化粧 (文春文庫)
母の愛に泣いた
読了日:09月18日 著者:池上 永一
黄色い目の魚 (新潮文庫)黄色い目の魚 (新潮文庫)
読後感の爽やかさがこの作者ならでは!
読了日:09月13日 著者:佐藤 多佳子
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
生命のすごさに感動。宗教的な本を読み終えたような感じです。
読了日:09月13日 著者:福岡 伸一
冥途のお客 (文春文庫 さ 18-13)冥途のお客 (文春文庫 さ 18-13)
結構怖い怪談もありだけど、作者らしさ満開で楽しい
読了日:09月09日 著者:佐藤 愛子
ああ息子ああ息子
再読してもやっぱり笑えて身につまされまする
読了日:09月02日 著者:西原 理恵子,母さんズ

虹のスペクトル

 本日はグリムス公開1周年記念だそうで、我が苗木ちゃんの後ろにキレイな虹がかかっております。
 消えると勿体無いから保存してみました(笑)。
 なかなかマメに記事を書けないでいるので、我が苗木ちゃんの成長もあまりはかばかしくありません。
 いつになったら大人の木になって、実際に植林されるのかなぁ。
 早い人では2ヶ月半から3ヶ月くらいで大人の木になるみたいですね。
 で、1周年記念のイベントとしてエコグッズプレゼントがあるらしく。
 その中で 百年の愚行 [普及版] という写真集が気になりました。 
 数年前の出版なんですが、そういえば名前を聞いたことがあるような。

 基本、ロハス的生活などという言葉は、限りなくニオう広告代理店臭とかあちゃこちゃの利権がからんでそうなうさんくささがキライなんですけどね。(そういえばヒーリングとかもそうかも)
 大元の提唱する概念は納得できる。
 ただね、今みたいに完全にファッション化してると貧乏人はエコと逆行する生活、みたいなアメリカパターンになっちゃいそうで嫌ですね。
 基本持たざる者ほどエコな生活、ってのが日本人的だと思う。
 でないと結局単なる金持ちの自己満足だもん。
 もはや日本の大多数は下流へとなだれている訳ですし。

 誰もが環境のことを考えていて、それぞれのできる範囲のことを続けていく。
 そんな悠長なことを言ってる場合じゃないかもしれんが、結局それを目指さないと環境と共に人類共倒れなわけですから。
 みんながひといろになるのではなく、虹のスペクトルみたいに濃い色、明るい色、強い色、優しい色、それなりの色を放ちながら、ゆったりつながって連携していければいいんだよね。
 強権発動できる人は思い切って号令をかけ、自分の得になることだけやりたい人はささやかに。
 やりたくない人は黙ってみててもいい、たまには逆らう人もいていい、それらを包み込んでもゆっくりと環境保全に向けて前進していけるように。
 3歩進んで2・5歩さがりながら、ね。

 グリムス1周年

  
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鬱病回復途中。更年期障害。
長男自閉症。長女甘えんぼ。
家族総デブ。色々とやばい。


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