透明なこころでありたい

すっかり、春。

 父は春の彼岸に逝った。
 菩提寺のおじゅっさん(住職)に、春の光の道を行く、という戒名をつけて頂いた。
 兄は桜の咲き始めた季節に逝った。
 同じく、春の風に清く照らされている、という戒名をつけてもらった。

 だから、春は私と母にとっては少し悲しい季節だった。
 
 明日からは4月。
 新年度の始まり。
 息子と娘にとっては新しい環境での生活が待っている。

 私も気持ちを切り替えて、あらゆる準備を整えなくては。

 いつまでも娘ではいられないのだろうから。

 けれど、桜と共に旅立つのは待ってほしい。これ以上悲しい季節になってほしくないから。
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親不孝

 この冬は家族でぐるぐる体調を崩していて、やっと落ち着いたと思ったら息子の卒園やらそれに伴うモロモロやら。
 あげく大震災。
 そんなこんなで、入院中の母の面会にやっと行けたのだが、前回より二ヶ月以上たってしまった。

 チビたちを連れてはいけないので、いったん相棒の実家で預かってもらうため、千葉行きの高速バスに乗る準備をしていたところ。
 母の入院先の病院から連絡があり、容体が思わしくないと告げられた。
 明日伺いますから、とだけ返事をした。

 翌日。
 母は前とは別の個室に移されていて、何やら機械とチューブでたくさんつながれていて。
 話しかければ目を開けるものの、もうやりとりはできなくなっていた。
 認知症が進んでいるだけではなく、意識がもうろうとしているようだ。
 尿が出なくなっているからしんどいだろう。

 院長に「尿が出ないので本来なら透析をしなければならないが、とてもそれを出来るような状態ではない」「夏までは持たないだろう」と告げられた。

 病室に戻ってから、せめてと思い、むくんでぱんぱんになっている足をネロリのマッサージオイルで揉んでみた。
 柑橘系の香りが大好きだった人なので、オイルをつけた手のひらを鼻に近づけると、「ふんふん」と一心ににおいを嗅いだ。やさしいオレンジの香りが好ましかったのだろうか。

 目を見開いて、周囲を見回す。
 その目はまるで赤ん坊が世界を確かめるのとそっくりだった。
 時々震える手をあげて首筋をさわるので、痒いのかと掻いてみると気持ちよさげだった。

 母の透明な視線は私を何度かとらえたが、不思議そうに見つめるだけでやがて他の方向に動いてしまう。
 ごめんなさい。
 わからなくなるまで、会いにも来ないでいて。ごめんなさい。

 ただ一人残された、私が育ってきた家族。
 父の死と兄の死と神戸の地震と。
 さまざまな私の人生の歴史を共に乗り越えてきた、たった一人の人。

 私は母の死に目に会えないかも知れない。
 親不孝でごめんなさい。
 

避難生活で段ボール活用

 東北で被災され、体育館などに避難されている方々の様子を連日テレビで見る。
 中には建築家の方によって、紙と布のパーテーションで簡易個室を作られているところもあるみたいだけれど、大半はびろーんと広いところに布団や生活品を並べてスペースとなっている。
 仕方ないこととは思うのだけれど、もうあの地震と津波の日から2週間が過ぎているのだ。
 生活で必要な物資が到着し、安全が保障される一定の生活が送れるようになってくると、今度は精神的なストレスと疲労がいちどきに押し寄せてくるのである。

 枕元を誰かが歩き回るような、プライバシーのない生活は一時期の緊張感が抜けた後には、本当につらくなってくる。 
 段ボールで低い囲いを作るだけでも、安心感があるのになぁと見ていて思った。

 少なくとも、小さい子供たちにとって、遊び場にもできるような段ボールハウス、体育館の片隅に作ってあげられないものだろうか。物資が入っていた段ボールでごく簡単に作れそうな気がするのだが。
 子供専用スペースを居住区間と分離しておけば、親たちも少し気楽になれる気もするし。

 新聞で自閉症の子を抱え、避難所に行けずに車中生活をしばらく続けていた家族の記事が掲載されていた。
 あれも、段ボールハウスで一時的にパニック軽減させられる場所があれば、周囲への気兼ねがマシになるかも知れないなと思った。
 というか、息子抱える我が家では結構切実かな・・・パニックで無い時でも、妙なこだわり行動をしちゃうのはデフォだからな・・・息子の怪しい動きが周囲には目ざわりだろうし、せめて目隠しがあればお互いちょっとは気が楽だろうと思うので。
 
 

放射線の意味もすぐに忘れられるんだろなぁ

 それなりに人生生きているので。
 昭和の時代のオイルショックも覚えています。
 あの頃は学校でも「石油はあと20年で完全に無くなる」と教えられたっけ。
 あーあれからもはや30年を遥かにこえておりますが~(爆)。

 ノストラダムスの大予言と流行が重なったこともあって、「私は30歳すぎたら死んじゃうんだ・・・」と悲しかった。いやしかしその前に惑星直列とかがあって、それまでに日本は破滅するはずでした。

 その他にもいっぱいあったよねぇ・・・阪神淡路大震災で余震が半年後に来て今度こそ壊滅するとかいう説に怯えたし、オゾンホール問題で子供たちはみんな紫外線を浴びて癌になるとかいうのも流行ったし、狂牛病で脳がスポンジになるって騒ぎもあったし、最近では新型インフルエンザが記憶に新しいよね。
 
 でも、なんだかんだと日本は続いていってます。
 そないいちいちお祭り騒ぎせんでもよろしい。
 原発内通電作業が完了したら、あとはすっかり無かったことにしちゃう人も多いんだろうなぁ・・・。

 というわけで、「すべてはだいじょうぶやねん教」より本日の布教情報。
 業界新聞紙の記事です。「福島県専門家招き情報提供 放射線影響について客観データ」

 それからマイミクのゆあたんさんより面白い記事の情報をいただきました。どうもありがとうございます!

 「最悪シナリオ」はどこまで最悪か
 これは21日の日記で紹介した藤林徹氏によるブログ記事「福島原発に関する見解と東京の安全性について」というレポートに対して「ほんまにそうなん?実はやばいんとちゃうのん?」と不安にかられて質問し、「いやいや、ですからそれはこうですねん」と返事してもらってるというやりとりがなされています。
 なお、藤林氏のブログでは新たに放射線の単位について、そしてセシウムの半減期が長いからこわい、という意見について納得の反論など、実に有意義な記事が掲載されているので、行ってみてくださいね。
 安心の種がいっぱい拾えます。
 
 米軍の地震兵器が・・・とか政府の陰謀が・・・とか、そういうの楽しい人はやってていいけど、あんまり一般にまき散らさないで内輪でやっててほしいわ。みてて頭痛くなるから。でもまあある意味おもしろくもあるんだけどね(爆)。
 ともかく、くれぐれも被災地の人に見られないようにやってて下さい。

春の雨のようなひと

 息子はこの春、2年間通った聾学校の幼稚部を卒業した。
 その2年間、担任は同じY先生で、クラスメイトは年中の時に5人、年長になって二人抜けて一人増えての4人。
 少人数の集団、障害の種類も程度も個性も違うメンバーで、先生方の支援を受けながら丁寧に友達との関わり方を学び、絆を作ってきた。

 息子は入園当時、まったく集団活動が受け入れられず、たった5人の教室に並べられた椅子に座ることもできなかった。
 ましてや幼稚部全学年での集団遊びとなると15名+親と教師という大人数になるうえ、音楽に合わせて体を動かすといったことが全くダメで、音楽遊びの時間はいつも、広いプレイルームの片隅にあるトランポリンの下に潜り込んで出てこない。

 給食の時間は基本親は分離で先生方が児童にマンツーマンで付き、食事の介助を行うというシステムだったのだが、息子一人が親から離れられず、他のお母さん方が「いってらっしゃい♪」と我が子を見送る中、私だけ給食室の中までついていき、息子の食事が一通り進み彼の気が落ち着くまで腹ペコで横に座っていた。
 
 何かあればすぐに転がって泣きわめいて拒絶。そのたびにおんぶしたり抱っこしたり。
 「おれはやらない!」「いやだ!」を連発する息子、活動にちっとも参加できない息子にほとほと参ってしまっていた。

 が、担任のY先生はそんな息子の様子を見ても、「ほら!楽しいよやってみようね!」と誘うのではなく、「ぴよ君の気持ちを大事にしましょう」と言って下さった。
 トランポリンの下に潜り込んでいても「部屋を出て行かないで、そこから見てるのもぴよ君なりの参加の仕方だから」と認めて下さいました。

 親としては「どうしてこれ位のことができないの!?」と叱りつけてしまいたくなるごねっぷりの時も、にっこりとほほ笑んで「そうだね、今ぴよ君はこれはやりたくないって気持なんだね、わかったよ。ありがとう先生に伝えてくれて」とまるでまるで、貴方様は菩薩様であらせられますか!?と口走りたくなるほどの寛容っぷり。

 最初のうちは、もっと厳しくガンガン指導してほしいのに・・・などと思ったことも正直多かったです。けれど。
 いつの間にやら息子は少しづつ幼稚園に慣れ、通うのを愉しみにするようになり、そして何より優しくも息子への接し方にブレの無いY先生の事が「大好きな人」から「絶対に信用できる人」に変っていった。
 そして「先生と約束したこと」はどんどんこなせるようになっていった。
 友達と輪になって手をつなぐなんて全くできなかったのが、「手をつながなくても、いいよ、だけど近くでみんながやるの見てようか?それならできる?いいよ、じゃあ今日はそれでやってみようね」という先生の言葉かけ、そして「今日はちゃんとできたね、すごいすごい」という褒め言葉のおかげで。
 息子自身の頭で自分が無理だと思うこと、ここまでならやれると思うことをその都度確認させてもらえたおかげで。
 息子はやがて自分から「今日は俺、手はつなげないけど一緒に輪の中に入ってみるよ!」などと言えるようになりました。
 自分で約束したこと、という意識があるために「嫌だけどがんばってみよう」となり、やりとげられたおかげで自信がつき。
 それを繰り返して繰り返して、息子はずいぶん色んな事ができるようになってくれた。

 Y先生は本当に息子を親よりもいつくしんで育ててきて下さったと思う。
 華奢な体でいつも元気よく、鈴を転がすような軽やかな声で子供らの名前を呼び。
 やわらかな笑顔で包みこんで。
 まるで春に降るきらきらした雨のようだな、といつも感じていました。
 息子のみならず、乾いた私の気持ちをいつもうるおして下さった先生。
 
 「Y先生は絶対約束守ってくれるから」いつも息子が言っていた言葉。
 対人関係が苦手な自閉症の息子に、人への信頼感をきっちり育てて下さって、本当にありがとうございました。
 

有馬温泉毎年行ってた

 原発事故に関する放射線被害につきまして、信頼できる情報を寄せ集めて安心のタネをまいて育てましょう作戦続行中です。

 さて本日はmixiにて収集してきました。
 リンク・コピペ自由とのことなのでぺったん♪


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ラドン温泉などでは通常の200倍の放射線が飛び交っています
埼玉の瞬間最大値の5倍です

有馬温泉はなんと40000倍
http://club.pep.ne.jp/~tsunoda/housyasen.html


温泉行ったことありますよね?
水が体について不安に思ったことがありますか?
つーかゆっくり浸かりに行くんですがw

有馬温泉に1時間浸かった場合、
平時の40000倍ですから、0.0002*40000=8mSvの放射線を浴びることになります
12回行けば100mSvに達してしまいます



東京の雨にぬれないように、というデマを聞いたら、笑いながら教えてあげてください
有馬温泉の1000分の一の放射線です


雨でずぶぬれになって1時間野ざらしになったとしても、
有馬温泉に4秒浸かった分と同じ放射線量です


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 なななんと!私昔実家に居てた頃、毎年有馬温泉に行ってましたが!
 勿論夕に夜に朝にと3回つかるのアタリマエ。
 源泉も見学に行ったしさー。
 えらいこっちゃこらたいへーん♪(爆)

 
 やっぱり、こういう記事を読みますと冷静になれると同時に「わたしたちって本当に踊らされやすいよなぁ」と思います。
 原発事故、放射能、と聞いただけで原爆がよみがえるトラウマのせいもあるのでしょうが、なんというか、根っから心配症の国民性なのでしょうかね?
 野菜の出荷規制が行われたせいもあるのだろうけれど。
 チェルノブイリみたいに、完全にメルトダウンしたあげく爆発して空からウランが降ってきたらそれこそ大変でしょうが、もしそうなったとしたら全てがどうしようもないしねぇ(怖)。

 さて、私の信念。
 これで日本がダメになる訳がない。権威者の見解は超悲観主義。
 もしもそうなら、一昨年の新型インフルエンザで国民はもっと壊滅的にやられてる筈。
 お祭り騒ぎは東北の被災者が全部救済されてからにしようじゃないか!
 以上、「すべてはだいじょうぶ教」本日の布教ビラでした(笑)。

母の愛が常に正しいとは限らない(ゴメンネゴメンネー!)

 さて我が息子、只今全身ヒョウ柄でございます。おっしゃれ~♪(ちゃうちゃう!!)
 ヒョウ柄を着こなしている訳ではなくて、お肌がヒョウ柄。
 あっちこっちに赤い水玉模様が。
 ぜにたむし、というやつなのです。
 白癬菌が息子の体にせっせとおうちを建ててくれちゃったわけです。

 3年ほど前にもなりました。
 その時は処方された薬で治りました。
 それからまたぽちぽちと出てきて。
 去年の12月、ノロウィルスで下痢ピーになったり風邪で高熱を出したりして風呂に入れなかったり体力が落ちてしまって、一気に広がりました。
 もう体ぼろぼろ。 
 痒くてかきむしるので血がにじんでかわいそう・・・。
 1月にかかりつけの家庭医病院で診察してもらい、以前の薬を処方されました。
 塗っていてもなかなか良くなりません。
 2月から日に2,3回きっちり塗りました。
 ・・・なんかますます広がってひどくなってるような???

 白癬菌ことルブラム君が息子の体表にせっせと建ててくれたお家はもうすっかり新興住宅街。
 とりわけ背中と足のはもう立派な高層マンション並みに敷地を取ってひろがり。
 肩口あたりには見事な水玉模様が広がって造成が進んでいる。
 足の裏に至っては!ひびわれてもう大変な有り様。

 さすがに母ちゃんも、ちゃんと皮膚科に行くべきだと思いました。
 今まで幼稚園に通っていて、帰宅してから娘を保育園に迎えにいく生活で、少し離れた場所にあって待たされるので有名な皮膚科には、なかなか足が向かなかったのよ。
 なんせオイラ車無いし。
 息子自閉君で慣れない医者はめっちゃ苦手やし。

 しかしもう、そんなことはゆうとれん。
 卒園して自由時間が増えたことやし。
 今日の午前中計画停電やったので、午後の診察開始時間の少し前に皮膚科に到着。
 待ち時間1時間半になります、とさらりと受付で言われ。
 がびょーん。
 息子の暇つぶし対策の為の漫画とか絵本とか持ってきてませんがな!
 待合室にあるのは特撮戦隊ヒーローの絵本ばかり。息子がもっとも興味を示さない類のセレクトです(汗)。
 「時間つぶしに、用事があるから近所の銀行へ行こう」と言うも、頑固息子は「やだ。ここで待ってる」の一言。
 ええー初めての場所で一人で待たせるわけにはいかん!さすがにそこまでアンタを信頼できん(爆)!
 とりあえず、息子を飽き飽きさせる作戦で行こう、と思い、一冊だけ興味を示した言葉遊び絵本をゆっくり読んでやってると。
 30分少ししてから、名前呼ばれました(笑)。息子の言うことを聞いといて良かった(自爆)。

 で、診察で患部の皮膚を検査してみた結果。
 「菌がいません」でした。
 えーえーえええーーーー!?
 ルブラム君のしわざやなかったんですかーーー!!
 今までせっせと朝に夕に塗り続けた母の愛が思いっきり裏目に!?
 どうやら肌の乾燥から来る湿疹らしいとのことでした。
 肌の保湿剤、ステロイド入り軟膏を二種類とかゆみ止めの飲み薬を処方されました。

 教訓:母の愛が常に正しいとは限らない。息子よ、ホンマにすまんやった!!

安心したいのは自分の為と被災地の為

 なので。
 首都圏などから、お金に余裕がある方とか、直接生産活動や救助活動に従事されていない知識人の方などが、西日本や国外に疎開されるのはご自由に、と申しますかある意味ありがたいと思っている性悪の電気ワニでございます。
 (その人たちの分、確実に電気消費量減るからね)
 
 しかしながら、一時にネット上を賑わせた悲観論、破滅論は落ち着いてきているようでありますね、一安心。
 なんせ、今回の地震や津波が「アメリカが開発した地震兵器によって起きた」なんて、それこそそんなことができたら米軍って神様以上やん?無敵やん!なトンデモ論を見かけたよ。あれは笑えたなぁー。

 私は現在の土地を離れて生活していくことは難しいので、ここでサバイバル(おおげさな)していくための、精神的不安材料を取り除くために「すべてはだいじょうぶやねん教」に入信しているのでございます。
 それから勿論、東北で被災されてギリギリの日々を送られている方々(特に今は福島の!)の為、そしてその土地へ出かけようとされている方々の不安解消の為、でもあります。
 大口の募金も、現地へ駆けつけてのボランティア活動もできない、非力な小市民の自己満足・・・です。
 とはいえ、危機感は持っていなければならないと存じています。
 ただ、無知による恐怖感のストレスは体にもおつむにも悪かろうと思いますので。

 東京消防庁のハイパーレスキュー隊の会見は、素晴らしいものでしたね。
 自らの命をかけて、人々の為に尽くそうとされる献身的行為、そして内部状況と作戦の推移、結果までの明確な説明に、今までよくわからん東電の説明ばっかり聞かされていて、モヤモヤしていた私の気持ちをスッキリさせて下さいました。
 こうして決死の覚悟で踏みとどまっておられる方がいる、その事実に励まされる。
 やっぱり人間の力ってすごいです。


 はい、今日見つけました新たなる安心のもと。
 「福島原発に関する見解と東京の安全性について」
 この記事にもありますが、あくまで正しい危機感を持つ、というのが肝心ですね。
 そのためには、私も軽いおつむに少し知識を蓄えねばなりません。まーこの年で骨が折れますわ(泣)。
  
 あとー、以前から原発反対の立場を取っておられた広瀬隆氏の文章も、「真に受けない方がいい」情報の部類に入ると思われますのでご留意を。
 
   

前記事に続:放射線対処に関する情報

 前日の日記に続いて、放射線医学総合研究所に新しいわかりやすい記事がアップされていたのでお知らせします。

 日本核医学会のサイトの「被災者の皆様、とくにお子様をお持ちの皆様へ」という記事の中で、今回の事態に対する対処方法、健康にどのような影響があるのか?という疑問に対しての明快な説明がなされていて大変わかりやすいと思います。
 さらにチェルノブイリ事故後の小児がん発生原因とポーランドの対処法もあり、参考になりました。

 また、九州医療センターのサイトに放射線医療の観点からの放射線被曝量の説明記事があります。

 200ミリグレイ以下の被曝量では、発がん率が上がる可能性は無いとのこと。
 ミリグレイとはミリシーベルトと同一単位らしいです。
 巷で発表されたマイクロシーベルトはミリシーベルトの千分の一ということなので、200ミリグレイはなんと二十万マイクロシーベルトってことになりますね。
 少し安心できる気がしませんか、奥様?

 以上、ただいま「※すべてはだいじょうぶやねん教」に入信中の電気ワニが布教活動の一環としてお送りしました。
 
 ※教祖、ご神体、教義、禁忌の全てが無い、なーんの根拠もない突発的新興宗教。信者1名(爆)。
 

放射能アレルギー

 基本、このたびの大震災および原発事故関連の今後について、私は幸運な収束を予想しております。
 よその国の方々が色んな事を言っておられて、そのたびネットにはおそろしげな情報が溢れ返りますけんど。

 日本は世界唯一の原子爆弾による被爆国家で、放射線被曝による影響の研究がなされているはず。
 ただ、逆にいえばその悲惨な体験のおかげで放射能アレルギー(正確な実態を知らず、放射能といえばケロイドとか奇形とか癌とか連想)にかかってしまっているのかも。
 福島を通りかかっただけで悪霊にとり憑かれるみたいに思っちゃうんでしょうか。

 放射線医学総合研究所というところのサイトで、今回の原発事故への対応が具体的に書かれているのを見つけました。
 視えないモノだからかえって怖いというのはわかりますが、短期的に放射線を規定量以上に浴びても大したことは無いらしいです。

 物流が止まっては福島の被災者の方々は確実に破滅に向かいます。
 どうかどうか皆さん、根拠なき不安要素に振り回されないように。
 
 もう一度書きますが、うちの母親は15歳の時に広島で爆心地から1.5キロメートル地点で被爆しましたが、81歳の今もまだ生きておりますし(認知症で寝たきりだけど)癌にも甲状腺機能障害にもなりませんでした。
 被爆時に急性症状(髪が抜ける、出血が止まらない、嘔吐など)はあったようですが。基本年齢よりも若く見られて、誰にでも元気ですねと言われていました。

 広島大学原爆放射線医科研究所のデータベースによると、2000ミリグレイもの放射線を浴びながら80歳過ぎまで生きた方も大勢おられます。
 想像力が膨らますモンスターに怯えていると、却ってそのストレスで自分の細胞を傷つけちゃうのではないでしょうか。

 ともかく、人間の想定外の未曾有の悲惨な大災害があったのなら、それと同じくらいの有り得ない幸運を期待したっていいのではないだろうか。
 能天気過ぎるかも知れないけれど、それこそ未来を正確に占える人間なんてどこにもいないんだから。
 細木数子みたいに、根拠無い自信を持って「だいじょうぶだから!」と発言したってバチは当たらんだろう。 

卒園式(正確にいうと修了式)でした

 今日は朝から停電。
 そして息子の卒業&修了式(息子は聾学校の幼稚部なので、卒園にはならないのです・・・聴覚障害ならばそのまま進学が普通の為)。
 この晴れの日を迎えるにあたって、母はなーんの心の準備も式の準備も出来ておらず。
 (公的事情に私的事情が重なって、もうえらいこっちゃの我が家であります)
 さらに、昨日は卒業前の最後の通常保育、給食、卒業式の練習だったのに。
 娘息子共々微熱を出したので、念のために休ませたので、色々と感慨にふける間もなかったです。

 そして娘は今朝もちょいやばめだったのですが、元気いっぱい食欲もりもりだったので、保育園に無理やりほうりこんできました。
 で、相棒と私と息子と3人で式へ。

 ここからは。

 ★私、十年ぶりに履いたレースの下着のゴムが切れてずりおち、他のママさんに指摘される。
 ★息子、式典の練習ではそれなりにしっかりやってたのに・・・できていたこともぜーんぶぶっとんで・・・あああああああああーーーーーー(発達障害のお子様の保護者の皆さま、ご想像下さいませ:汗)
 ★息子、式の終了後トイレでスーツのズボンとブリーフをおしっこでびしょびしょにする(おしっこの失敗はここのところ殆ど無いのに。よりによって・・・んもぉぉぉ!!)。
 ★式後、震災のために予定が飛んだお楽しみ会のスライド観賞があったが・・・ひとりハイテンションで天然発言を繰り返す息子・・・親は穴があったら入りたかった・・・。
 ★さらに、クラスに戻ってしんみりと保護者の挨拶や担任の挨拶などの間、ひとり「おうちもう帰りたい!もうおしまい!今日のお昼は外食するの!」と雰囲気をぶちこわしまくる息子。
 
 ・・・校門前で修了式の看板横で記念写真撮るどころか。脂汗かいてとっとと帰宅しました。

 おまえなあ!
 2年間付き添って通い続け、昨年度は母子分離もできずにすがりついてぴーひゃら泣き、給食時も離れられずに給食室まで付いてって腹ペコであんたの食事を見守り続けてた母を、さよならの感傷にひたらせてくれてもええやろがい!!


 幼稚部はじめ、教職員のみなさま、保護者の方々、同じ日に卒業した小学部のY君と家族の方々、2年間本当にお世話になりました。ありがとうございました。そして、雰囲気ぶちこわしてごめんなさい。

 ちなみに、本日息子が卒業した千葉県立館山聾学校は、新年度から特別支援校に統合されるので、聾学校としての最後の卒業式となりました。ああああほんとうにごめんなさい。
 息子の様子は学校のHP(もしかして3月いっぱいで閉鎖なのかしら??)でご覧いただけます。
 興味ある方はのぞいてくださいませ。
 甚平姿でヨーヨー釣りしてたり、運動会で玉入れしてたり、かき氷を覗き込んだりしてるデブっちです。

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これからしばらく細木数子風で

 本日は二回計画停電がございました。
 うちは6歳児と4歳児がおりますもので、うまく時間を過ごすのが大変でございます。
 ことに、今朝二人揃って微熱を出し、明日の息子の卒園式に備えて念のためどちらも休ませたため、大変でありました。
 昼間、明るいうちはそれでも絵本読んだりして大丈夫だったのだけれど、問題は暗くなってから。
 娘はぐっすり昼寝(ていうか夕寝)したのでいいんだけど、息子はもう怖くて怖くて仕方ないらしく。
 すっかり元気なくして、しくしく泣いたりしておりました。

 でも、私としては停電の間はテレビもネットも見られないので、かえって気が楽。
 もうね、原発関連の話題とかね、聞かされるのもしんどいです。
 怖い話とかやまほどしらされたって、我が家に一体何をどうしろと?
 すぐに西や国外へ疎開できる人たちは、どうぞご自由に。
 けれど、やっとの思いで避難した先で「放射能が怖いから受け入れられない」なんて言われた福島の方々は、一体どうなるっていうんですか?

 どんなに賢い知識人でも、能力のある政治家でも、正確に未来を言い当てることなんてできっこないんだ。
 だから、私はでっかい字で書く。

 だいじょうぶ。
 
 人間が本当に絶望するのは、同じ人間の悪意ある行いによってのみ。
 今この時に、必死で戦い続けている人たちの先には、必ず希望があるから。
 
 不運にもやたらめったら事故にあって、何度もレントゲン浴びることになったのと、そう変わりないって。
 
 ついでに。
 今後の放射能汚染がどうとか、心配してる方がよっぽどよーっぽど体に悪い。 
 

息子の見る悪夢

 今回の地震の時、私はたまたま息子の幼稚園のPTA理事会に出席していて、降園がいつもより遅くなっていた。
 ちょうど手をつないで海岸通りを歩いていた時、急に息子が私の腕にしがみついた。
 「どうしたん?」と問うと、「くらくらする、歩けない」と言う。
 真っ青な顔色になっていたのでびっくりし、何か急病にでもなったのかと心配し、彼の額に手を当てて熱をはかってみたりしているうち、私も眩暈が。
 いや、眩暈でなくて地べたが揺れてたんですが。

 かなり長く、船が揺れるようなゆったりした揺れが続き、息子はすっかり怯えてしまった。
 「ママー、地震だ、揺れてる、揺れてる!こわいよう」というので、過去に震度7を体験している母ちゃんは「大丈夫、大丈夫、こんなんへっちゃらぷーや!」と励ましつつ、揺れがおさまってから家路をたどりはじめた。
 そこへ、津波警報のサイレン。
 我が町は海に面していて過去に7メートルの津波が来たこともある。
 我がアパートも海抜は低い位置だ。しかし2階だから大丈夫、おうちに帰ったら大丈夫だから、そう息子をはげまし、急ぎ足で自宅までたどりついた。

 部屋についてほっと一安心、しようとした息子だったが・・・停電中。
 固定電話も携帯電話も全くつながらず、情報がわからない。ほんと、電池式のラジオは必要なものですね・・・。
 津波に警戒するよう呼び掛ける防災連絡に、息子はすっかり不安になり。
 
 その後も停電中の街をさまよったり、保育園に居る娘のお迎えに行ったりと、日常と違った出来事が色々とあったものだから、こだわりのある自閉息子の恐怖は治まらず、ずっと私にしがみついて歩いていた。

 そして夜、何度か叫び声と共に目覚めていた。怖い夢を見たのだろう。
 
 翌土曜日早朝に、停電がなおってつけたテレビから映し出されるもろもろの被災現場の映像。
 津波が街を根こそぎ持っていく画面が、彼の心に焼きついたらしい。
 大津波警報におびえ、余震のたびに震え上がっていた。

 一週間近くが経ったが、まだ就寝中にうなされていたりする。
 一度は「うちの家族がみんな消えちゃった!」とパニクりながら泣きじゃくっていた。
 
 思えば私も子供の頃、フィクションではない恐怖に怯えた記憶がある。
 母に連れられて被爆者の集会に出かけ、広島の原爆被爆直後の記念映画を見た時、息子と同じ6歳だった。
 たくさんの怪我人の様子、ケロイドになった皮膚、積み上げられた多くの遺体の写真などが、古い建物のホールで映し出され・・・私は上映中、怖くて怖くて何度も母に話しかけていた記憶がある。
 たしか1週間ほどは骸骨だらけの夢を見てうなされた。

 お化けの映画や怪談とは別の、自分の日常にも起こりうるかも知れない、リアルな地獄。
 そういうものが確かに存在するのだと、親に慰めてもらっても逃げられないであろう恐怖が実在するのだと、思い知らされたことはその後の私のモノの考え方などに大きく影響したことは間違いない。

 発達障害を持つ息子が今回の災害をどのように受け止め、自分の中で消化していくのか。
 ニュースで津波注意報が全国的に解除された、と報道された時の、息子の嬉しそうな顔。
 「ああよかったね、お祈りが通じたね、これで安心だね」というつぶやき。
 きっと、悪い風にはならないのではないか、と感じた。

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かつての被災当事者より

 画面の向こうで、ネットの向こうで、被災地の悲惨な現実が広がっている。
 それを見ているこちらは、停電騒ぎはあっても、のんきな日常生活だ。
 なんて、恐ろしい。自分たちの暮らしがああなってしまったら。
 そう考えて、怯えてしまう。
 加えて最悪の事態を予想した情報ばかりがメディアやネット上に溢れ返る。

 さて、現地の被災者たちは待ったなし。
 毎日を生き延びるのに精いっぱいだ。
 どんな地獄の風景とて、見慣れてしまえば普通の光景として目に映る。
 
 神戸の時も、瓦礫だらけの崩れた街中を平然と歩いていたのは被災者、涙ぐみ、立ち尽くしていたのは外部からの訪問者たちだった。
 
 深刻な事態なのは間違いない、原発の緊急事態。
 今後の不安に怯えるのは仕方ないが、情報に踊らされるのもくだらない。

 最悪の状況を避けるため、現地で命がけで戦っている人々に、心からの感謝の祈りを。
 そして、自分たちの生活を根こそぎから崩されてもなお、命をつなぎ明日への戦いを続ける被災者たちへ、共感と応援の祈りを。
 距離は離れていても、励ましの心だけは側に寄り添って差し上げたいと願いつつ。

 
 広島で原爆の放射能を浴びた私の母は、81歳になるが癌にかかったことはなく、甲状腺機能に異常もございません。
 神戸で被災した私は、解体現場だらけの街で鬼のようにアスベストを吸い込んだでありましょうが、さあこれからどうなるんでしょうかねー。

 今日の悲劇はいつか終わる。悲劇に乗じた人災だけは起こしてはならない。
 せめて被災地の足を引っ張ることだけは無いように、自分を戒めたい。
   

人間の力を信じよう

 東北地方、また中部地方で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
 余震や、誘発されている頻回な地震に不安を募らせておられる方も多いと思いますが、これ以上の酷い地震、津波はもう来ません。落ち着きましょう。
 マスコミの報道、ネットの情報は今後の最悪の事態を予想しています。
 
 今回のように甚大な災害においても、人の助け合う力というものは想像以上にたくましく、強いものです。
 助かった方々の生命力を信じましょう。
 被災地で今を生き延びておられる方々の為にも、これからを生き抜くために必要な情報をもっと流してほしいと思います。
 そして、被災者の方々は日常を送るのに大変な労力を費やすことになります。
 刻々と移りゆく状況に対応するので必死です。
 いくら心配でも、しばらくはプロ、そして地域の救助支援に任せ、最小限の連絡にとどめましょう。
 生活が落ち着き、交通網が安定してからの援助を計画しましょう。
 善意の心配とはいえ、お見舞い連絡への応対も数多いと疲れ果てることがあります。

 以上、阪神淡路大震災被災経験者からの提案でした。
 
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鬱病回復途中。更年期障害。
長男自閉症。長女甘えんぼ。
家族総デブ。色々とやばい。


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