透明なこころでありたい

裏切りのいじめ

 どうしても冷静になれないので、だらだらと書きなぐります。

 今日は終業式で、娘は3年から持ち上がりで2年間を過ごしたクラスとのお別れでした。
 3年、4年と良い先生に恵まれて、娘も楽しく過ごしていました。
 過ごしていると思っていた。

 男子の提案で、「クラス最後の日だから、全員で公園で遊ぼうぜ、ちょっとしか参加できなくてもいいからみんな来いよ」ということになり、娘も参加してきました。

 学校では、普段よくじゃれあっているNNに「最後だからみんなで写真とるよ、自撮りをデコるアプリで遊ぼう」と声を掛けられ、「うん、いいよ」などと返事をしたそうです。

 我が家は学校から2キロと遠く、公園は学校の近くにあるので、いったん帰宅してから出かけると遅くなるため、外でおひるごはんを食べてそのまま公園に行きたい、という娘。
 卒業して暇な息子と私が近くまで出かけていって、3人で昼食をとり、息子と私は重たい娘の荷物を持って帰宅、娘は公園へ遊びに行きました。

 昼食をとっていた喫茶店で、ぽつりと「今日、やっぱり行くのやめようかな・・・」という娘。
 「何いってんの?クラス最後の集まりでしょ?あんたが公園で遊びたいからって、わざわざ私とお兄ちゃん呼び出しといて、どういうこと!?」と言ってしまった。
 この時、「そう?なら帰ろうか」と言っていればよかった・・・。

 2年間の、最後の最後に、娘はいじめにあって帰ってきた。

 娘から聞き出した4年生女子の、クラスぐるみに近いいじめは、もう、「すごい・・・」としか言いようがなかった。
 あまりにも娘がかわいそうだったらしく、3~4人の男子が心配して「大丈夫か?」となぐさめてくれたらしい。

 集合場所に行ったとたん、NNとRとMKから背中をけられる。
 NNとRは、ふざけてる感じで軽く、だったそうだがMKからは結構痛いけりを入れられたそう。
 NNと、NNと仲良しのYMとのしつこいからかいから始まり、YMは「宇宙人~」と言い出し、みんなから「宇宙人」とはやしたてられる。からかわれて我慢しきれなくなった娘が女子のそばを離れると、いつの間にか女子だけで集合写真を撮っていた。
 「あれ?みんないない?」と思いながら移動した先に女子が固まって写真を撮っていて、教室で誘われていたので自分もまざろうと思ったら、NNに笑いながら「宇宙人は入らないで~バイバイ」と手を振られ、YMやなかよしだと思っていたMにも「バイバイ」と言われたという。

滑り台のかげに隠れていると、NとA(このAとは先週のPTAの待ち時間で鬼ごっこしたりしてわりと仲良しなのだと思っていた)の二人が呼びにきて、ああ、からかいのことを謝って写真に入れてくれるのかな?と思ったら、首謀者のNNが「あたしも写真に入りたいからあんた写真とって」とスマホをわたされ、うまく撮れないでいると馬鹿にされ叱られる。

 仕方ないので一人でブランコをこいでいるとNとAが来て「どいて」と言われ、とられる。
 自分を元気づけるため好きなボカロの曲を口ずさんでいるとAに「また変な歌うたってる」といやみを言われる。

 とにかくそんな調子でずっとからかわれるので無視していたら、ヒソヒソ言われ。
 男子のところへ行って男子の遊びを見ていると、「あー、ハナは男子なんだ」とからかわれる。
 いじめに参加せずに男子と野球していた女子たちがいたので、
 「だったら○○ちゃんたちだって男子じゃん」
 と言い返すと、
 「あー、ひどーい、○○ちゃんかわいそう~」とやられる。

 最初に蹴ってきたMKには、駄菓子屋で買った口の中にスプレーするコーラ味の菓子を、「かして」と言われ、「口開けて」と言われたので口にスプレーしてくれるのかと思ったら顔にかけられて、顔がべとべとに。

 とにかく、NN主導のいじめは嫌な事を徹底的に「冗談」「からかっただけ」をよそおいつつ、しつこく続いたらしい。
 NNもYMも年の離れた姉たちがいて鍛えられているので、年齢よりも幼い娘には太刀打ちできない。

 クラス担任は、道徳の授業を熱心に指導し、子どもの心を育てることに主眼を置いた指導をされていて、いじめの話も良く授業などで取り上げていた人でした。娘も「いじめなんてする人は心が弱い人なんだよね」といつも言っていたのですが・・・。
 担任にバレないように、最後の最後にやられました。
 仲良しだと思ってた子たちに。
 グループで交換日記していた子たちに。
 バレンタインデーに友チョコ交換しあった子たちに。

 学級崩壊している隣のクラスの荒れてる子のグループに目をつけられ、「コロシテヤル」と追いかけられていたのをかばってあげた子に。

 いじめってすごいや。
 阪神大震災も、セクハラも、盗撮も、認知症になった母との葛藤も、その他もろもろ人生の修羅場を乗り越えてきたババアの心をこんなにもズタズタにする。
 自分がやられるよりも、子どもがやられる方がつらいとは良く聞くが・・・本当だった。
 
 あかん、書いたら落ち着くかと思ったのに、逆に余計に胸がつまる。くるしい。

 ただ、最後に謝ってきた子、からかわずに「写真なんてあたしもつまんないよ」とよりそってくれた子、心配してくれた男子、男子と遊んでいていじめに加わらなかった子、集合写真の時にいなくてやはりいじめに加わっていない子、などもいたそうで、それだけは娘と私の心の救いかも。

 号泣する娘を、抱きしめてゆっくりすべてを話させ、「大丈夫、あんたは悪くない、ただみんなのイライラした黒い気持ちをぶつけられただけだからね」と言い聞かせました。
 まだ本格的なターゲットじゃない。4月からはクラスも替わる。
 それまでに。
 何ができる?何をしてやれる?
 

明後日は卒業式・・・ちょっと涙が出てしまう。

 いよいよ息子は明後日が小学校の卒業式。
 本人は、のほほーんとしていて、春休みが長いから嬉しい、卒業式の練習は疲れるから終わったらルンルンだ~、としか考えてません。
 まぁらしいっちゃらしいなぁ・・・クラスメイトはほぼ全員同じ中学に進学するようなので、寂しさや不安はないようです。

 一方、私は小学校の特別支援学級での保護者として、結構学校に頻繁に通っていたので、少々寂しい気持ちです。
 毎月先生方と会議したりしてたし。
 まだもう二年間、娘が通うので小学校には行くんですけどもね。

 一般の小学校というのは、定型発達の子どもを基準にしているので、息子にとっては色々ついていけない事が多く、つらい思いをしたであろう6年間でした。
 特別支援学級にいても、S先生転出後の混乱、思ったような支援が受けられない歯がゆさ、発達障害についての情報が殆ど入ってこない状況で、心配ばかりしていました。
 でも、親が思っているよりも楽しく過ごすこともできていたようです。
 放課後や休日に遊ぶ約束をするような友達はできませんでしたが、学校にいる間はクラスメイトと好きなゲームの話をしたりしてそれなりに友達関係づくりをしていたらしい。
 
 さすがにもういらないからと、息子の古い体操服やらキャラクターもののランチナプキンなどを処分していたら、一年生から使っている体操服入れで手が止まってしまいました。
 クラス名とひらがなでつづった息子の名前。
 入学の準備をしているさなかの、本当に一般の小学校でついていけるのか、いじめられるんじゃないだろうか、と親の方が胸が不安で一杯で、どうか楽しい小学校生活が送れますようにと、祈るような気持ちを思い出しました。

 長いようであっという間の六年間でした。
 明日は最後の通常登校日。
 身長が170センチを越えた息子が、ランドセルを背負う最後の日です。
 めっちゃ不釣り合いな姿を、写真に撮ってやるつもりです。



 

過去日記

 mixiでつけていた過去日記を整理していました。
 なんか・・・昔の自分、難しい事考えてたなぁー&書いていたなあーとしみじみおつむの劣化具合を痛感。
 育児にてんやわんやな中で、息子の療育を真剣に考えてたんだな。
 今は当時よりもずいぶん自分の時間を持てるようになったのに、逆に何もしないでころがってるだけの毎日になってしまった。
 出かけるのも、病院と子どもがらみだけだしね。
 世界がものすごく狭くなってる。
 他人と話す時に、話の内容をうまくまとめられなくなっている事には、数年前から気づいていたけど。

 もうすこし、がんばらないとな・・・。 

謎の病ふたたび

 今をさること10年前。
 わたくし、高熱と全身の発疹に見舞われ、40度を超えたため大病院の夜間救急にかかるも、診断が難航。
 はしかっぽいけど、典型的な症状があらわれていない、と悩む救急医。
 そこへたまたま通りすがった感染症専門医に「これは、はしか」と断言されたものの、2週間後抗体検査の結果はしかでなかったことがわかり、なんだったんだあれは??
 という謎の病気にかかったことがありました。

 さて、花粉症発症したのでかかった耳鼻科で受けた血液検査。

 またしても。
 
 花粉症ちゃうかってん。アレルギーやなかってん。
 IgE抗体の濃度が0.34(UA/ml)以下で陰性というそうですが。
 わたくし、スギ花粉、ヒノキ花粉、ハウスダスト、ダニ、の4項目ともに0.10て。
 耳鼻科の医者も首をかしげる事態に。
 症状はアレルギー性鼻炎そのものらしく。その日もやっぱり鼻の穴の中はグズグズ気味。
 「気温の寒暖差でこのような症状が出る場合もありますが・・・風邪だったら喉の炎症があるはずだし・・・?」
 喉の奥をみて再び「うーん・・・」
 10年前と同じように、お医者さんを悩ませる事態になってしまいました。

 一応2週間分の薬を処方してもらい、また症状が出るようなら来院するように、だって。

 まあ確かに今のところ飲み薬、点鼻薬、目薬で症状は落ち着いてるんですが。
 でも、子ども達が帰宅してきた時とか、目がかゆくなるし、くしゃみが出るのだが・・・。


 もしかして。

 壮大な気のせいってやつ???

1年を通して成長させる!S先生システム

 前の記事で、6年生が卒業間際に行くお楽しみ遠足には目的があった、と書きました。
 それは、自家用車で移動することが多く、公共交通機関を利用することが少ない田舎の子たちに、電車やバスの乗り方を教える。
 また、外食やお土産を買うことによって、お金を使う事の意味や計算を覚えさせる。
 などなど、さまざまな社会生活の経験を積む、という事だったと。

 しかし、それだけではなく、かつてS先生の時代にはもっと壮大なシステム(大げさじゃのう)が構築されておったのです。

 まず、特別支援級に在籍する児童は、入学と同時に近くの銀行に口座を作るように指示されます。
 そして先生と子どもたちで花壇にひまわりを植え、その世話をします。
 夏休み期間中の水やりは保護者も手伝います。
 ひまわりの花が咲いたら、刈り取り。
 そして昼休みに一日花屋さん開店。
 知的級から情緒級まで総動員し、適材適所に人材を配置。
 大人しい不登校気味の子はレジ担当、多動気味の元気がいい子は「ひまわりの花いかがですか~!」「いらっしゃいませ~!」と声出し、知的級は花の本数を数えて束ねたり、お客に渡してお金を受け取り、情緒級の子が補助についてレジ係に渡し、おつりをもらってお客に返す。
 この花屋さんは有名で、わざわざ買いに来る保護者や子供ら、教職員までどんどん買っていくんです。
 で、稼いだお金を自分たちで銀行に預け入れに行く。
 入金伝票も、出金伝票も、ちゃんと自分たちの字で書く。
 情緒級の子たちはATMの操作を覚える。

 こうしたお金と、時々自宅からお小遣いを入金するなどして、を自分たちの口座にお金を積立て、1学期に1回開催するお楽しみ会で引き出してお菓子やジュース代に当て、近所のスーパーへ買い物に。
 最終的に、3学期終了間際に口座にためたお金を持って、卒業記念に6年生の意見を取り入れたお楽しみのお出かけに使う。
 
 お金を管理すること、実体験でお金をかせぐこと、お金をかせぐために色々とがんばること、そうして最終的に自分たちの行きたいところへ出かけられる、という楽しみを与えること。
 このS先生システムで、支援級全体が年間を通し明確な行動目標を達成するため、上級生も下級生も、知的級情緒級みんな一緒に支えあうことができていました。

 本当に上手に考えられたシステムだったと、今も思います。
 息子はわずか2年間の経験でした。
 1,2年生の頃はわけがわかってなくて、ろくに手伝えてなかったんですが、もしも毎年経験を積んでいくことができていたら、6年生の今、下級生たちの面倒をみながら花屋さんがんばっていたかなー、と思います。
 あ、タラレバ言っちゃったかな(苦笑)。 
 

小学校最後のお弁当

 今日、息子は特別支援学級のお楽しみ遠足でお弁当もちでした。
 市内の動物・植物園へ遊びに行くとのこと。
 このお楽しみ遠足というのは、毎年卒業する6年生のリクエストを聞いて、行きたい場所にお出かけするというもの。

 息子が入学した年は、隣の市の有名な水族館に遊びに行きました。
 大体毎年その水族館に行くというのが定番だったようですが、翌年の6年生は都会に行きたい!とリクエスト。
 しかし東北の震災の記憶もまだ覚めやらぬ頃で、「遠くに行くのは万一の事があった時に帰宅できない」との理由で却下されると「だったらもう水族館飽きたから、近場でボーリングしたい!」ということで、その年はボーリングして牛丼屋で外食。
 3年、4年と子どもたちのリクエストにより、カラオケとファミレスでの外食、というコースが続きました。
 昨年は、在籍の6年生がおらず、市内の公園にお出かけでした。
 今年もその流れにそったのだと思います。
 
 6年生の送り出しという名目ではありますが、他に大きな目的がある行事でした。
 ところが、支援級主任の先生が異動されるとその目的がなくなってしまい・・・単なるお楽しみ遠足になってしまいました。
 今までは外食したり、お土産を自分で買ったり、と社会経験を積む目的があったのですよ。
 支援学校では、そういう社会性をはぐくむ行事が多く組まれているそうです。
 しかし、支援学級ではなかなかそこまでフォローしてもらえません。 

 親と一緒だと、なんだかんだ家族が面倒をみてしまう。
 けれども、家族がいない公共の場所でのふるまいを覚え、自分で選んだメニューを食べる。
 家族の喜びそうなお土産を探して、レジへもっていって自分でお金を払う。
 電車とバスを乗り継いで公共交通機関の利用のしかたを覚える。
 これも学習のうち、だったのになぁ・・・。
 大体、今年は息子ともう一人の6年生の希望は全部却下でした。
 先生の提案でその動物・植物園に行くことになったそうな・・・まあ、息子の希望する行先にも無理はあったんだろうけど。
 でも、去年の公園も二人で希望したそうなんだが、なんだかなぁ・・・。


 そんなことをぐちぐちと考えてしまいましたが、考えてみれば息子にとっては小学校生活で最後のお弁当。
 彼のリクエスト通り、鶏ももの唐揚げ、卵焼き、ポークビッツ、ちくわのきゅうりとチーズ詰め、ポテトサラダという好物ばっかのメニューのお弁当を作ってやりました。
 いつものように、きれいに空っぽにして帰ってきました。
 すきまにうめた、ブロッコリーと苦手なプチトマトも完食。
 
 出かける前は「行きたくないー、いやだー」と文句を言っていた遠足でしたが、現地で隣の小学校の支援級遠足と出くわしたそうで、知っている先生や友達としゃべったりして楽しかったー!と帰ってきました。
 終わりよければすべてよし。
 こうして、「イヤだと思ったけど行ってみたら(やってみたら)楽しかった、よかった」という経験を積んで、これからの人生をもっと生きやすいものにしていって欲しいな。
 こだわりの檻から、少しずつ抜け出していってほしい。
 お弁当箱を洗いながら、そんな風なことを思いました。
 
 

花粉症でびゅう

 気がついたらブログ放置したまま2か月以上が過ぎていました。
 一度自己嫌悪の沼に陥ると思考放棄活動停止してしまうこの習性、なんとかせねばと思い続けて半世紀が過ぎました。
今からやりなおせるものなんだろうか・・・。
 
 とまあ自己卑下はここまでにしときます。今日からまたぼちぼち文章書き綴っていく所存。

 さてさて、昨年までは他人事だった花粉症ですが、なんと!いまさらこの年齢になってまさかの花粉症デビュー!でびゅぅ!でぇびゅぅぅうっ!!
 目の周りやらまぶたがかゆいわー、と思っていたら目頭とか目じりもかゆい。
 まぶたは赤くなるし、もしかしてもしかしたらと思っていると水のようなハナミズが・・・(涙)。

 先週耳鼻科に行って、血液検査を受けてきました。結果は明日出るからききにいかなきゃ。
 まあ検査結果聞かなくても花粉症確定だと思います。
 どんどん目がかゆくなるし鼻はグズグズいうし、・・・これで花粉症じゃなかったらなんなのかしら?ってレベルです。
 マスクとか、顔の周囲をガードするスプレーとか、静電気防止スプレーとか駆使してがんばっておりますよ。
 けれども一度発症するとどんどん悪化すると聞くし、これから先が心配です。

 でもって、めんどうくっさいのが目薬。
 もともと服薬の加減でドライアイ気味。そこへ緑内障の目薬をさしていたらドライアイが進んで目を開けるたびにベリベリ音がする位乾燥してきたので、涙液を増やすための目薬を使っていたんですけど、そこへ加えて花粉症対策の目薬。

 実に毎日12回も目薬を点眼するハメに。
 5分間隔をあけて点眼せねばならんので、ぼんやりしていると「あれ?さっきさしたのはどっちだったっけ??」と混乱するし。
 
 ドライアイの目薬、一日4回点眼してたら医者に叱られた。
 「6回以上ささないと、ただ単に目をぬらしてるだけですよ!6回以上点眼なさい!」とな。
  マジでパート探してるのに、仕事中に作業の手をとめて点眼なんかできないですよ。どうもならんわ~。
 ああ、愚痴をやめようとおもってたのに結局愚痴になってしもうたわい・・・。
 

 
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
プロフィール

なかさん☆

Author:なかさん☆
鬱病回復途中。更年期障害。
長男自閉症。長女甘えんぼ。
家族総デブ。色々とやばい。



ランキングに参加しています。
育児ブログ・ランキング

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他生活ブログ 汚部屋・汚部屋脱出へ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
グリムス
読書メーター
なかさんの最近読んだ本
FC2カウンター
月別アーカイブ
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード